桂離宮に見る「居心地」の文化

教育と文化

「桂離宮」 
京都の中心を流れるあの有名な桂川、それにそって西北に沿ってのぼると、緑の中に天皇を迎える美幸門があります。決して豪華ではないけれどしょうしゃな立派なつくりで迎えてくれます。うしろに広大な庭がひかえていて、桂川から引かれたふんだんな水が配置され、中央に大きな湖面のような池の表が映えて、その周りを巡るような散策の路が楽しませてくれます。
 その路は山道のように高くなったり平坦になったり、狭くなったり広くなったりしながら、歩く足をなでる路面はときどきに小石であったり、大きな踏み石であったり、段々にのぼってみたり、橋を渡ってみたりと、緑の中を歩いていきます。途中にいくつか見え隠れするあずまや風の茶室をもった茶屋に寄っては一息いれて、正面、池の向こうにまっ白い大きな障子でかこまれた母屋を望みます。     その散策は、木々や草草に抱かれながら変化にとんだ色を愛で、風の音、水のせせらぎ、野鳥の声などを耳にして、草いきれまでを嗅ぎながら、まるで自然と一体になった気持ちにさせられるのです。
 人間の五感を刺激する快感に存分にひたれるこの庭の路体験に、かつて、戦前にドイツから逃れてきた著名な建築家(ブルーノ・タウト)は大変に驚いて、その体験を書きとめて、日本を含めた世界に知らせたのでした。
 当時も今も、著名な建築家たちは、おもに目に見える形の新しいもの、ユニークなもの、生活に有用であると同時に美しいものをいつも探しているものです。
しかし、その建築家は、体全体で感じる空間の快よさをはじめて“泣けるほど”感激したのでした。
 書斎をおもにいだいた邸宅の、池面に面した壁の障子をあけ放てば、この屋内からも池の水面を中心に家屋も緑も石も光も音もにおいも、すべての自然物がおりなす小宇宙を実感できるようです。
 しつらえられた舞台そのものが、コンクリートや新建材などというものを使わずに、釘さえも抑えられている。すでに伝わってきていた、木造の数寄屋風という一種粋(いき)な和風なつくりでできています。
桂離宮(かつらりきゅう)と呼ばれるその場所は、江戸時代にあたる1615年ごろからおよそ50年にわたって、八条宮という皇族の親子によって造営された別荘です。
ともすると私たちは、このような美しく心地よい環境が実現できたのは、自分たちに関係のない貴族の遊びのように思ってしまいがちですが、そんなことを超越して考えていきましょう。
池に船を出し、管弦などを打ち興じて水上で遊ぶこともあったといいますし、屋内から湖面に映る月をながめ愛でる愉しみも味あわれたのでした。そんな興趣もまた、遠くの昔からひきつがれてきた、「物語」を実現しようとしていたのでした。
 空間の心地よさという「居ごこち(居心地)」をおもったとき、これらは限られた人々で考案され、作られているのではないことに気づかされます。古来から引き継がれた日本の伝統、文化の総結集でできていて、それが美しさまで実現できていることに驚嘆し、それを大事にしたいと思わざるを得ないのです。

タイトルとURLをコピーしました